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『大江健三郎 柄谷行人 全対話』 (講談社) 大江健三郎・柄谷行人 著

20年という歴史なき時間

ノーベル賞作家の大江健三郎と批評家の柄谷行人の対談本です。
本書には3回分の対話が収められていますが、実際にこれらの対話が行われたのは、
大江がノーベル文学賞を受賞した1994年前後に集中しています。
優に20年以上が経っているので、いまさら本にするのかという感じはありますが、
内容の古さを懸念した柄谷が「読み返してみると、別に古びた感じはしなかった」と書いているように、
あまり20年の時間を意識せずに読むことができました。


ただ、二人の対話を古く感じないことがいいことなのかは疑問が残るところです。
端的に文学が20年以上も停滞しているだけだとも言えるからです。
文学だけではありません。
政治にしても思想にしても、この20年の間に停滞を続けているというのが現状です。


スマホなどの手持ち端末で、個人が特定の情報へのアクセスを随時に行えるようになったという点で、情報技術は格段の進歩をしたわけですが、
そこで提供されるコンテンツは全般的にレベル低下が避けられなくなっています。
即時アクセス文化の広がりによって、じっくり思考することが難しくなり、その分内容が深められなくなったこともありますが、
レベル低下の最大の原因には、やはり資本主義一強体制という世界情勢の影響があると思います。
僕の印象では、西洋は自足してしまった、ということです。
普遍化の欲望で発展してきた西洋は、普遍化による利益をだいたい享受してしまった現在、
これ以上の発展と普遍化を望む必要がなくなってしまったのです。
民主政治も文学も思想も、西洋近代と深く結びついています。
ポストモダンは近代批判をしてはいましたが、結局は近代の枠を維持していることが前提の「箱庭」思想でした。
この先「歴史」と呼ぶに値するだけの発展があるとしたら、それは西洋の手によるものではないでしょう。


柄谷は「近代文学の終わり」については語るのですが、「西洋普遍の終わり」については考えが及びません。
だから「世界共和国」についての構想を口にできてしまうのです。
近代文学が終わるということは、西洋近代が有効ではなくなるということであり、西洋普遍の衰退を意味するはずです。
その意味で僕は「近代文学の終わり」と「世界共和国」を一緒に語ることには欺瞞があると思っています。
現実を認めるのか、現実を否認するのか、ハッキリしてほしいのです。
柄谷の晩年に精彩がなくなったのは、このような分裂を解決できなかったからではないかと感じています。


その意味で、本書の意義はその「全体性」にはほとんどありません。
あるとしたら、ただ断片的な部分、柄谷が一時期こだわっていた「細部」にしかありません。
そのため、僕は本書から断片だけを取り出していくことにします。


転向という日本的な罠

最初に収録された対談は、1994年6月のもので、大江がノーベル賞を受賞する直前のものです。
どのような機会なのかはよくわからないのですが、対談のテーマは中野重治と決まっていたようです。
中野重治には文学史上の代表作と目されるものがないので、ある程度マイナーな作家ということになるのかもしれません。
中野は戦時中に共産党に入党し、投獄された左翼系文学運動の代表的な作家です。
獄中で共産主義を捨てる、いわゆる「転向」を選択し釈放されます。
そのあとに書かれた『村の家』は「転向文学」の代表作として紹介されることもあります。
戦後は再び共産党に入り、雑誌「新日本文学」で活躍したあと、参議院議員にもなっています。


柄谷が注目したのは、中野が「ちょっとの違い、それが困る」というエッセイです。
「ちょっとの違い」の中に本質的なものがあることを中野が「直観していた」として、
大きな対立ではなく、「ちょっとの違い」にこだわった中野の姿勢が、彼の態度のわかりにくさにつながっていると言います。
大江は中野が「独特な細部の観察から少しずつ論理を展開していく」ことを指摘します。


ここで柄谷は「細部」というものの考え方をシンボルとアレゴリーとに区別します。

 

柄谷 ベンヤミンは、細部に全体が宿る、あるいは特殊なものが普遍性を表出するというような構えを、シンボルと呼んだわけですね。それに対してアレゴリーということを言いました。シンボルというのは、近代小説の構えですね。たとえば、私小説も私の個別性にこだわるわけですが、それが実は普遍性につながるという信念において成立しています。もう一つは、今いわれたマルクス・レーニン主義のように、全体性から見ていく発想も、そのことの裏返しだと思うのです。しかし、中野さんの場合の細部とか特殊は、普遍性を代表しているというわけではないですね。むしろ何かそこからずれていくことで、そういう特殊─普遍という構えをつきこわすという感じがあります。僕の考えでは、マルクスもそういうやり方なのです。


細部と全体をつなげる「特殊─普遍」というシンボル的な発想は近代文学の在り方だと柄谷は言います。
このような全体に回収されない「ズレ」として細部を把握するあり方は、柄谷は「古びていない」と言いますが、
この点に関しては、僕としては昔懐かしいポストモダン的な方法論だと感じます。
全体に回収されない細部のズレは、システムを擾乱するどころか、今や黙殺される運命でしかありません。


また、柄谷のこういう発言にもノスタルジーを感じてしまいます。

 

僕はユーモアの対極としてイロニーがあると思います。それは自分にこだわらないという形で、最もこだわるものです。


ユーモアには自分にこだわらないという面があるわけです。
今や千葉雅也のような「自分大好き」人間が、『勉強の哲学』でイロニーでしかないものをユーモアとして主張してしまう時代です。
柄谷の言っていることなど、この20年ですっかりどこかへ消えてしまったと思います。


僕が読んでいておもしろいと思ったところは、
柄谷がそもそも「転向」とは何かということを述べているところです。
国文学においては共産主義者が逮捕された獄中で、共産主義者をやめることだと考えられています。
小林多喜二の拷問死のために、転向は国家権力の強制によるものという印象がありますが、
柄谷はソ連やドイツと違ってそれが「温情的」だったと言います。

 

昭和初期に支配層が一番憂えたことは、例えば東大法学部から新人会が始まっていますが、ここにいたのは日本の官僚の後継者の一番中枢部分ですね。だから、このような連中をたんに弾圧してはいけない、彼らを支配層に取り返さないといけない。したがって、温情的にやって、彼らを改心させなければいけない。それはドイツとかほかの国で起こった弾圧とは決定的に意味が違うと思うんです。転向は誘惑なのです。


危険思想に手を染めたということより、エリート組織の一員であることの方が社会的評価として重要である、というのは、
いかにも日本的であって、真実をついていると感じました。
若い時は反逆的であるくらいの方が頼もしいが、大人になる時は潔く組織に戻らなくてはならない、
このような転向が「日本では永続する形態だという感じがする」と柄谷が言うのも納得です。
はじめはインターネットなどで既存体制を批判しておきながら、ちょっと売れると既存体制の側にちゃっかり入り込んでいる転向者は、
現代でも探せば見つけるのは難しくもないと思います。


批評とは「距離」を自覚するところに成立する

2つめの対談は1996年に行われたもので、個人的にはここが一番おもしろいと感じました。
ここで柄谷が批評をどのように考えているかが語られるのですが、
僕が普段から感じていることを柄谷も感じているのだとわかったのが収穫でした。

 

僕にとって、批評とは、思考することと存在することの乖離そのものを見ることでした。といっても、それは抽象的な問題ではなく、日本の近代以降の経験、あるいはファシズムと戦争の経験、そういうものを凝縮した問題だと思うんです。それはいわゆる哲学や、社会科学や、そういったものからは不可避的に抜け落ちてしまう何かです。逆に、批評という形式においてなら、どんなことでも考えられるのではないか、と思ったのです。今の若い人たちはそういうふうに考えないでしょうが、僕にとっては、批評は自分の認識と倫理にとって不可欠な形式であったと思うんです。そして、それは現在もなお続いていると思います


ここで柄谷が言っていることの意味は少しわかりにくいかもしれません。
僕は柄谷が「批評は自分の認識と倫理にとって不可欠」と言っていることに少し感動しました。
どうしてここで「倫理」という言葉が出てくるのか。
思考と存在の「乖離」とはいったい何なのか。


「乖離」が西洋と日本との「距離」のことであるのは、
少し後に「世界的に通じる仕事をするべきなのか、日本の現実にコミットしてやるべきなのか、たえず迷っています」とあるのでよくわかります。
近代的な「思考」とは基本的に西洋の方法論です。
しかし、僕たちの現実は遠く別の歴史を持った日本に「存在」しているわけです。
つまり、この「距離=乖離」を考えることが批評においては不可欠だということなのです。
西洋思考の範疇のみを前提とした哲学や社会科学から抜け落ちてしまうもの、それがこの「距離」なのです。
「距離」の問題を否認しないこと、それこそが自らの現実を見つめることになるのですから、
それを柄谷が「倫理」と表現したくなる気持ちは、同様の問題を指摘し続けている僕には痛いほどよくわかるのです。
(ちなみに僕が俳句をやろうと思わないのも、距離を維持したい気持ちがあるからだと思います)


二人が日本の閉鎖性を問題にするところにも、「距離」の否認が現れています。
日本では海外の書物が翻訳で読めてしまうため、日本の中の議論が普遍的だと錯覚している、と柄谷が言うと、
明治や戦後すぐは開いていたが、そこから日本は閉じていったと大江が指摘します。
柄谷は日本が一等国になったと奢って閉鎖的になり、「日本文化論」などを自ら書き出したことと対応して、日露戦争後の岡倉天心を対比させていきます。
岡倉天心が「美的対象としての日本」を表象したことが、逆のオリエンタリズムを作り出したというのです。


ここで大江はフランスの核実験に反対したところ、フランス文学研究者に批判された話をします。
「フランス人は日本人から美的なもの以外は求めていない」ということが明白になったと大江は言います。
また、それを日本のフランス文学研究者たちが受け入れたことに「うんざりした」とも語っています。


最近では「クールジャパン」とか言って、日本のアニメ文化を世界に輸出しようとしたことがこれに当たります。
「萌え」などの美的対象として消費される文化を、日本の表象として世界に売り込もうという安っぽい戦略です。
同じ問題は、日本が外国のものを美的対象としてだけ扱おうとすることにもあります。
たとえばドゥルーズ=ガタリの思想を日本では政治思想としてはほとんど受容せずに、
美的な芸術論としてだけ扱って理解したような気になっています。
最近ではにわか俳人の手によって、人生や歴史的背景とともに味わうべき漢詩を、美的対象(ファッション)としてだけ扱うような本が出されている始末です。
カント思想の中で『判断力批判』の美的判断(趣味判断)のところだけを取り出したがる人なども僕は信用していません。


スピノザに対する意見の相違

二人がスピノザ思想に対して違った意見を持っているところも非常に興味深く読みました。
スピノザが持ち出した唯一者としての神について、柄谷は歴史的世界のことだと主張します。
ユダヤ人であるスピノザの考える唯一実体は、ヘブライズムの中での唯一神つまりは自然と同様の存在で、
スピノザが永遠と呼ぶものは、形而上学とは異なるこの歴史的世界そのものだと言うのです。
このような解釈は初めて見たので驚きました。


当然のことながら大江はこれに「出発点」が逆だと反論します。
自然と自然に含まれる下位の存在もすべて神という大きな実在の中に含まれるため、
神は実在全体に対する認識を持ち、その認識の一部として我々の認識があると考えられる、
そうなれば唯一者は歴史の対極、反歴史だと大江は言います。
アルチュセール以後、ユダヤ的なスピノザ思想は〈フランス現代思想〉の隠れたテーマでもありましたので、
僕も大江のような反歴史的な解釈が普通だと思っていました。
その意味で、柄谷の主張は非常に興味深いものでしたが、この話はこれ以上深められずに終わってしまいます。


文学の終わりという季節

3つめの対談は大江のノーベル賞講演「あいまいな日本の私」についての話から始まります。
「あいまい」という語がambivalentではなくambiguousであることについて、両義性を肯定する意図があることが示されます。
興味深かったのは、大江が小説の終わりについて語ったところでした。

 

いつも前を見て、わけのわからない方向に向かって書いていく、それが小説です。認識していないものをなぜ書けるかというと、物語るという技術があるためです。そういうわけで、前を向いて書いている分には健全ですけれども、それがいつのまにか後ろを向いて、自分の書いたものを検討しながらやるようになった。つまり自分にとっての小説の終わりというものを書こうとしてきたように思いますね。ですから、読者がいなくなるのも当然なんです。自分としては、それはそれであるおもしろさはあるんですけれども。


自分の書いたものを自分で否定していく、すると読者がいなくなるというのはそうだろうな、と思います。
ここを読んで僕が思い浮かべたのは、村上春樹の『騎士団長殺し』に見られる自己模倣です。
多くの人に自己模倣と揶揄された作品ですが、このような作品を書いてしまう動機の最大のものは、
読者を失うのが怖いということにあるのだろうということです。


大江が年齢の恐ろしさを語ったところも納得させられました。
「今までどんなに一生懸命読んでもわからなかった本が、ある年齢のある瞬間から大体わかるようになる」と語り、
「それもわかったと思っているにすぎないんじゃないか」と心配になると言うのです。
難解な本が理解できたと思ったとき、それは自分の理解の範囲に押し込めただけなのではないか、と疑うことは僕にもあります。
大江がそれを年齢との関係で語るのは、それが進歩が止まったことを意味するのではないか、と考えているからです。
そして、大江は渡部直己にいつも批判されるので、いつも買って読むという話を続けます。

 

大体批判されない批評は、仕事をしている作家にとっては意味がないんです。褒められることは大体わかっています。それは達成していることですから意味がない。どんな批判でも、それは両義的におもしろいんですよ。だから、批判してくれそうな人の名を見つけるとその雑誌を買って読むんです。


一流の人というのはこういうものではないでしょうか。
批判的な批評を削除させたり、エゴサーチで探した肯定的な素人のツイートをさかんにリツイートしたりする人は、
そもそもアマチュアでしかないと僕は思います。
自分が達成したことを鏡に写して喜んでいるだけの人が、プロの物書きであるかのように扱われているのが現在の日本の姿です。


このように、大江と柄谷の対談を読むとノスタルジックな気持ちになってしまうことが多々あります。
この対談が行われた90年代を思い返してみると、僕は15年後に日本は終わると友人に語っていました。
僕が思ったよりは生きながらえているわけですが、それはここまでの堕落形態で日本が存続することを想定していなかったからで、
想定通りの堕落を続けていることに変わりはありません。
柄谷は「私は日本の文壇では孤立を感じていた」と書いていますが、批評家とは本来そういう存在であるべきだと思います。
僕も「批評再生」を掲げているかぎりは、知性はともかく姿勢としては柄谷に負けないつもりでやらないといけないと思いました。


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