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『現代詩試論/詩人の設計図』(講談社文芸文庫)+『連詩の愉しみ』(岩波新書)大岡 信 著

22歳という早熟

本書は2017年に大岡信が亡くなって、2か月後に刊行されました。
彼は詩人なのですが、それ以上に詩論を高く評価する人の方が多いように思います。
朝日新聞に連載されたコラム「折々のうた」は、1979年から2007年まで28年にわたって続けられたので、その印象がどうしても強いこともあるのでしょう。
父の大岡博が歌人だったので、和歌に詳しいのはその影響があったのだと思われます。


本書には1955年の『現代詩試論』と58年の『詩人の設計図』の2冊がまとめて収録されています。
この中の最初の論考は「エリュアール論」で、次いで「現代詩試論」となるのですが、初出を見れば大岡が21歳と22歳の時に書かれていることになります。
その年齢の若さにも驚きを禁じえないのですが、
一生の仕事を俯瞰する時期に、若書きの詩論が再刊されたことを考えると、いかに大岡が評論家として早熟であったかが理解できるのではないでしょうか。


ウィキペディアからの孫引きですが、日本経済新聞の追悼記事に大岡が新聞記者を大事にしたという話が出ています。
興味深いのでここに引用してしまいます。


大岡は著作について新聞の記事にされると、必ず感想や謝意を記した葉書を返事として記者に返した。新聞記者を大切にする姿勢は「文章は、新聞記事の書き方が基本と思っています」「どんなに難しいことを考えていても、人に伝わらなくては意味がない」という言葉に表れていた。人に伝えようとする姿勢は「折々のうた」のような数々の詞華集や、「詩への架橋」といった入門的著作に結晶した。晩年、話すのが困難になっても、自宅には編集者や記者が集まり、語らい輪の中心にいたのは、新聞記者を大切にする大岡の人柄が現われたエピソードである。

引用元が新聞記者の文章なので、多少のバイアスはあるにしても、大岡が意味伝達に強い関心を持っていたこと、ジャーナリストの文章を評価していたことはその通りなのでしょう。
大岡自身にも読売新聞記者の経歴があるので、人に伝えることを強く意識していても不思議はありません。


シュルレアリスムの二面性

では、本書の内容について見ていきますが、
恥ずかしながら、僕は本書を読むまで若き大岡の関心がシュルレアリスムにあったことを全く知りませんでした。
考えてみれば、過去に読んだ大岡の本は日本の古典に触れたものばかりでしたので、大岡と現代詩の接点がどこにあるのか知らなかったのです。


「現代詩試論」は日本でシュルレアリスムがどのように受容されたかについて書いたものです。
大岡はこの論を書いた前年にアンドレ・ブルトンとともにシュルレアリスム運動に参加したポール・エリュアールを取り上げた文章を書いています。
(「エリュアール論」は『詩人の設計図』の中に収録されたので、本書の後半にあります)
シュルレアリスムという文学運動をものすごく簡単に説明すれば、1920年代に若い詩人たちが起こしたもので、
人間の深層に眠る無意識を自動記述という方法によって現実の実在へと結びつけようとしたものです。
ブルトンはフロイトの精神分析をもとに社会的存在としての人間とは違った、意識下にある錯乱した自我の姿をあらわにしようと試みたのです。
そのため、この運動は詩の理解可能な側面を削ぎ落とし、難解さを求めることになりました。


自動記述というシュルレアリスムの方法については、本書の最後にある「自働記述の諸相」という文章で触れられています。
ここで大岡は「自働記述といえば通常ぼくらは、外部の社会的影響から切り離された、純粋に内的な潜在意識の書取りだとして疑わない」と、
僕が記したような通説をふまえつつ、それが強い社会的関心から導かれたものであったことを強調します。
第一次世界大戦によって既成のものとの断絶を意識した詩人たちが、
主観性と客観性を総合する「超現実」の可能性へと至る方法が自動記述であり、
自動記述は自己の解体だけでなく、再統一によって新たな社会性へとつながっていくべきものであったからなのです。


「もともとシュルレアリスムには二律背反的性格がつきまとっている」と述べる大岡は、シュルレアリスムを語るときに破壊と再統一の二面性を絶えず強調します。
この破壊と統一をセットにする手続きに、僕は大岡の倫理的な姿勢と信頼できる知性を感じないではいられません。


自働記述が思考それ自身のために用いられ、実用的、外的目的のためには用いられず、思考の習慣的形式を断ち切ることを目的としている限り、精神的解体に向う傾向が顕著になるのは当然であろう。だが意識の鏡に内部世界の豊饒さを忠実に投影するかぎり、精神の再統一への原初的な過程であることも否定できない。この二面性は、シュルレアリスムにとって根本的なものであってそのいずれか一面だけではシュルレアリスムの統一的構造はくずれさるだろう。

シュルレアリスムの破壊や解体は、その後の再統一という契機を意識してこそ意味を持つというのです。
「シュルレアリスム」という文章では、「オートマチスムの追求は、本来主観性と客観性との分裂を解消し、これを超現実的な総体に綜合しようとする意図のもとになされている」とも述べ、
シュルレアリスムが弁証法的な総合という意図のもとにあったことを示すことを忘れません。
大岡がこのようなことを繰り返し述べているのは、日本においてシュルレアリスムのこのような二面性が見逃されてきたからなのです。


シュルレアリスムの日本的受容にある「いつもの問題」

「現代詩試論」で大岡は、日本のシュルレアリスム受容が理念を置き去りにして、違うものになっていることを批判しています。
題名に「現代詩」とあるのは、大岡がこの問題をシュルレアリスムにとどまらず、広く近代詩の日本的受容に関わる問題だと考えていたからです。


西欧におけるシュルレアリスムが、その発生時にあって、既成価値の完全な転覆と全く新しい世界観の建設を、意識の上でだけだったにせよ、企図したような、いわば文学の領域にありながら社会運動を夢みる野心をもってはじめられたのに対し、日本の所謂シュルレアリスムの運動は、大正末期の詩話会一派への反逆に西欧のシュルレアリスムの意匠を利用した形で行われたにすぎず、名称は同じでありながら、内容は全く異なっていたということである。シュルレアリスムなど、日本に存在しなかったといっていい位のものだったのだ。

ここで大岡が指摘していることは、日本が西洋文化を取り入れるときの「いつもの問題」です。
つまり、西洋の精神的内実に興味を払うことなく、形式的なファッションとして受け入れるという態度が問題にされているのです。
日本のモダンな詩人たちは、シュルレアリスムに影響を受けながら、革命的思考や内部に深く潜入するフロイト心理学を学びとらなかった、と大岡は述べています。


僕がこれを「いつもの問題」と言うのは、大岡がこの現象をエミール・ゾラの自然主義とかけ離れた島崎藤村や田山花袋の「自然主義」と重ねているからではありません。
僕が何度も指摘しているフランス現代思想の日本的な受容である〈俗流フランス現代思想〉と全く同じ構図がそこにあるからです。


どうしてこんなことが繰り返されてしまうのでしょうか。
大岡はシュルレアリスムの日本的受容について、こう説明しています。
日本の詩人たちはシュルレアリスムが結びついていた現実を考慮せず、その環境から切り離して日本に持ってきても通用すると考えました。
つまり、シュルレアリスムの方法的、理論的な普遍性をアテにしすぎてしまったのです。
それに対し、むしろシュルレアリスムを意識せずに、「自己に必然なものしか歌えなかった」西脇順三郎や三好達治の方が、
「すでに核の形造られた彼らの夢想に枠を与える働き」だけをシュルレアリスムから求めたことが良かったと言うのです。
必然性のない詩がファッション化するだけに終わり、核を持つものだけが詩として生き残るのは当然だと思います。


日本のシュルレアリスムを学んだ詩人たちの失敗をわかりやすく言ってしまえば、
自分自身や自己の土壌を突き詰めることもせずに、ただ美的な感覚をオシャレに飾る要素をシュルレアリスムから求めたということになるでしょう。
これこそがカバーを変えても中身はいつも同じ、ファッションを取り除けばみんな同じマネキンという日本人の凡庸さであり、
凡庸を愛する日本人につきまとう「いつもの問題」なのです。


闘争なき前衛はファッションでしかない

大岡の話は日本における「前衛」の話へと移っていきます。
日本のシュルレアリスト詩人たちが前衛気分でシュルレアリスムを取り入れていても、
「危険にさらされているような切迫した気魄」を持っていない、
本家の運動のように社会と対峙する緊迫感が生まれていないと言うのです。


ぼくの理解する限り、知性は対象との間に距離をおいているものだ。つまり、そこでは対象の抵抗と、それの知性による克服という事態が常に予想されるべきはずだ。当然知性は前進を求めて常に闘争的でなければならぬ。

大岡がここで語っているのは主知主義についてなのですが、「対象との間の距離」についてはもっと広く、前衛一般の問題と捉えても構わないと思います。
前衛的知性と対象との間に距離が生じるのは、対象から現実的な「抵抗」を受けるからです。
そして抵抗を克服するための「闘争」が必要となります。
日本にシュルレアリスムを持ち込むときに生じる「対象との間の距離」をしっかり把握しないで、
闘争に勝利し詩的な成功を得ることはできない、ということに思えます。
大岡の言う前衛とは、土着的な対象にただ西洋風の意匠をほどこすことではなく、
西洋の精神や内実を持ち込んだときに生じる土着性との「闘争」なくしてはありえないのです。


続けて大岡は知的態度には「関係の認識」が必要だと述べます。
自分と社会との関係、自分と詩との関係を明確にしていく態度を「関係の認識」と言っているのですが、
この認識が日本の前衛にはなかったと言うのです。


だがぼくには、日本において前衛を自任した詩人たちがそうした認識をもっていたとは思えない。むしろここには、対象のもつリズムにまきこまれ、対象のもつ明確な輪郭をそのままうつすことで、あたかも自らが明晰であるかのごとく錯覚した徹底した感性的詩人たちがいただけだ。対象が変れば彼らの視点もそれに従って変る。社会が変動すれば、その波のままに彼らも変動する。

大岡は日本の前衛に対して、対象に従うだけの受動性を見出しています。
そこでは当然ながら現実的な葛藤をもたらすはずの主体が置いてけぼりとなり、オシャレな容器に適当なものが詰め込まれて、一皮むけば空虚なものとなってしまうのです。
このあたりも主体を破壊して権威主義を導くだけに終わった〈俗流フランス現代思想〉と同じ構図だと言えます。
もちろん、仏教の受容からこのような問題は続いているのですから、何も驚くことはないのです。


純粋さを求めて

では、大岡は詩とはどうあるべきだと考えているのでしょう。
「現代詩試論」ではそのあと、「ぼくは、詩は詩人の肉声をつたえるべきものだと頑なに信じている」と続きます。
もちろん、自分の言いたいことをストレートに話すことを言っているのではありません。
自らの声を探し求めることの困難さについて大岡はよく自覚しています。
少し長い文ですが、切り落とすのももったいないので引用します。


思うに、真面目な詩人たちは今、自ら肉声の所在をさがし求めているのだ。自らの声を求める、これは奇怪なことだ。だが現状はまさにそうなのである。社会的単位としてのぼくらがそうであるごとく、詩においてもぼくらは常に分裂の危機にさらされている。ぼくらはどれが自分の声であるか、はっきり知ってはいない。しかも、詩人であれば、言葉の効果、他者への責任に対しては常に細心の注意を払わねばならぬ。自らの内部に潜入することと、言葉の効果をはかること、つまり自分の声に責任をもつこととが一致したとき、すぐれた詩人は誕生する。問題はこうして、どのように生き、どのような信念に支えられて詩を書くか、ということにかえってくる。

若き大岡はすでに現代詩の困難──複雑な社会状況に対応しようとすると歌声が分裂する──という問題を身にしみて知っています。
「が、それにも拘わらず、詩こそ復活しなければならない」と大岡は言います。


何故なら、散文が人の思考を多方向に分岐させることによってその間に論理的な筋道を通そうとするのに反し、詩は一挙にある世界を読者に与え、彼をその中に引きずりこむ力をもっているからだ。

分裂を極める現代社会において、ある世界を一挙にして読者の心に叩き込むような詩が、絶対に手放してはいけないものが「全体性」であることは言うまでもないことです。
社会のポストモダン的な拡散性・流動性に寄り添うようでは、詩が成立する余地はありません。
大岡はその突破口を「肉声をつたえる」ことに求めました。


「つたえる」と言っても詩とは伝達できるものだと考えているわけではありません。
「詩の条件」という評論では、可能な限りの伝達をしたうえで、伝達を拒否する実体が浮き彫りになるような詩が残り続ける、と書かれています。


「肉声をつたえる」のに必要なのが純粋さです。
おそらく、大岡にとってシュルレアリスムの精神とは、純粋さの探求であったのかもしれません。
本書には「純粋について」という文章があるのですが、ここで大岡が純粋さに託しているものは詩の全体性だと僕は考えます。


純粋とは、おそらくこういうものだ。それは抵抗を排除してゆくところに生み出されるものではなく、逆に抵抗するもののすべてをつかみとり、おのが組織体の一部と化さしめるところにこそ生み出されるものなのだ。

こうして読んでみると、老成したように見える評論の中にも、やはり20代前半の青年の若々しさが息づいています。
若さという向う見ずな力が世界を全体の中に収めきることを可能に思わせているのだと、もうとっくに若くない僕は思います。
しかし、僕は現代において詩的な全体性が構築不可能だとは思いません。
ただ、そのためには貨幣という一元的な全体化装置をねじ伏せる必要があるのは間違いありません。


イヴ・デュプレシスの『シュールレアリスム』(白水社)によると、ブルトンはシュルレアリスムの純粋さを守るために、非打算的であることを仲間に要求しました。
そのため文学上の栄光や政治に心を奪われた者を除名しました。
除名されたメンバーには、ジャン・コクトー、ジャン・ポーラン、レーモン・ラディゲ、ジュール・ロマン、アンドレ・サルモン、ポール・ヴァレリーがいます。
彼らは作品の売れ行きの良さを理由に遠ざけられたそうです。
売れるものを敵視するという発想が、詩の純粋性においてなされるということは、日本では考えられないことだと思います。


シュルレアリスムと連句の関係

シュルレアリスムが理性の検閲を受けない自己の深層をめざしたことについてはすでに書きましたが、
これを日本に持ち込むとポストモダンと同じ現象が起こってしまう危険性があるのです。
つまり、ヨーロッパの近代批判によって生じたものの類似品を日本のプレモダンに見出して満足してしまうという病理です。


たとえばシュルレアリスムの実験的方法の中には、数人が短時間の中で1行ずつ詩を書いていくというものがあります。
これが芭蕉がさかんに行った連句と似ているといったような発想です。


大岡にシュルレアリスムの影響があるのはすでに確認したところですが、
連句を好んで実践していた彼は「連詩」という試みにも熱心でした。
連詩とは、何行かの詩を数人が交代に書いていって、一つのまとまりに仕上げるものです。
連句の様式を現代詩で実現しようとしたものと考えていいと思います。
ここからは大岡信『連詩の愉しみ』(岩波新書)に拠りながら、少しだけ連詩について書こうと思っています。


『連詩の愉しみ』には面白いことが書いてあります。
オクタヴィオ・パスが詩人仲間と連句的な作品集「Renga」(名称は連歌ですが内容は連句・連詩)を1971年に刊行したのですが、
その本に収録されたパスのエッセイによると、
パスは日本の連句(連詩)が自我という西洋の本質的概念を否定すると考えていました。
「孤立した個人の無名性から、交換と承認が形づくる円環へと転じる」ことが期待されていたのです。
しかし、実際にやってみると自我克服の試みは容易ではなく、非常に苦しんだと言います。
結局、パスは自分たちの連句(連詩)の営みが、西洋現代詩の伝統の中にあると結論づけました。
彼が個性や独創性など自我へのこだわりを否定したシュルレアリスム運動で活躍した詩人であるだけに、この結果は興味深いものです。
同じことを目標としていても、東と西では共通の体験とならないことがあるということです。
ならば連句と同じようなことをやっても、それとは異質な要素をもつ「連詩」というものが生まれるのではないか、と大岡は考えたのです。


大岡は触れていませんが、もしこの話に信憑性があるとしたら、全く逆のことも起こりうるのではないか、と僕はつい余計なことを考えてしまいます。
つまり、日本人が西洋詩を書いても自我を活かした独創性のあるすぐれたものが出にくいということです。
(出にくいだけでなく、評価されにくいこともあるかもしれません)
日本の近代詩には、様式が西洋的でも自我の乏しい詩や、様式は日本的なのに自我の強い独創的な詩があるわけですが、
そのどちらが西洋的であるのかは、もっと別の機会に考えていきたい問題です。


詩はいったい誰が読むのか

大岡は「現代詩試論」の中で、「詩人はどのように一人であろうとも、決してついに一人ではないのだ」と言っています。
つまり、詩人には「他者に対する責任」が要求されるということです。
このあたりの大岡の語りは不明瞭で、意図を明確化することはできないのですが、
詩人には自分以外の人の思いを自らの責任で引き受けるところがなくてはいけない、ということではないかと僕は思っています。
しかし、日本のモダニスト詩人たちにこのような倫理の要求がなかった、と大岡は糾弾します。
乱暴に言えば、西洋風オシャレを自己満足として楽しんでいたということでしょう。


それから38年経ったあとでも、大岡は連句や連詩を作る動機を「他者との関係」に求めています。
「他者」なんてポストモダン的なありふれた表現だと思いましたが、大岡の意図する他者は実際には「読者」のことでした。
大岡は詩人が読者を見失っていることを正直に告白しています。


現代の詩人、すなわち一九七〇年前後を境にして新しい社会環境に取巻かれることになった私たちの詩人すべてが、一般的な意味での読者像の不明確さとはまた別の、読者との深刻な隔絶という事態に直面するようになっていると思われるのです。

大岡は定型という共通理解の土壌をもつ短歌や俳句に比べて、
作品ごとに詩型が要求される現代詩の方に、読者を獲得する困難さがあると語り始めます。
短詩をやる人には興味深いと思うので、寄り道になりますが、大岡の論を少し引用してみましょう。


すなわち五七五七七、あるいは五七五のあの定型の形式は、多くの日本人が目下確実にその方向へ進みつつある心的傾向、つまり簡単に形の見分けがつき、接触する場合にもこちら側に重苦しい自我の混迷を招かず、大勢の人とチャンネルを共有し合っているという安定感、充実感を与えてくれるものを好む傾向からすると、むしろ最も現代的な表現形式の一つとして人々に映じているのです。

短詩が「現代的な表現形式」だというのは面白い指摘です。
「チャンネル」という言い方が曖昧ですが、作者と読者を通じ合わせるポイントのことだと考えれば良いでしょう。
短詩は現代詩より、作者と読者の相互理解を導くポイントがわかりやすいと大岡は言います。
安直なことを言ってくれる、と短詩の作者は思うかもしれませんが、
そのあとにこう続けていくところには大岡の含蓄を感じます。


しかし本当は、だれにでも近づきやすい基本構造を持った形式である分だけ、俳句も短歌も、その一般性を突き破って真にわが物とすることの困難な形式なのですが、目標をそんな高みに置くことさえしなければ、これは相応の満足を与えてくれること請け合いの表現形式です。

非常に明快ですが、僕はここに若手俳人をめぐる問題があることを知っています。
大岡が言うように基本構造の中で作句すると、一般性にからめとられてしまい、それを突き破ることは困難です。
だからといって基本構造の中で楽しむだけの趣味的満足では足りない、という場合に、
俳句の伝統的構造を深く理解して新たな可能性に挑むのではなく、安直に基本構造をズラすことで自己承認を満足させることへと誘惑されてしまうのです。


話を戻しますと、大岡は短歌や俳句以上に、現代詩が読者を見失っていることを問題にしています。
「現代詩の読者の大部分は現代詩の作者」だと言ったうえで、
現代詩の作者は「他の詩人の作品を理解する努力を放棄する」ようになっていると赤裸々に語ります。
純粋読者も少なく、現代詩の作者でさえも他人の現代詩を理解しようと思わなければ、いったい現代詩を誰が読むのでしょうか。


そこで連詩です。
連詩は大岡にとって読者発見の試みとして説明されています。
連詩は自分の書きたいことを書いて終わりとはいきません。
前の人の詩を読み取り、その詩的世界に連なるように自らの詩句を生み出さなくてはなりません。
そのような参加する詩人たちを積極的に関係させる形式が、「他者との創造的相互干渉」を導くと大岡は述べます。


連詩の試み

本書『連詩の愉しみ』には、大岡を含めた詩人たちの具体的な連詩の試みが紹介されているのですが、
大岡がこだわっていることに、一人が何行の詩を書いて回すかということがあります。


大岡は連詩に「メンバー相互の個性の差異」が確認できることで、連句との違いを示せると考えています。
そのような目的で連詩を試みた大岡は、一人あたりの行数を1行から5行までのいろいろな形式で実施しています。
その結果、5行バージョンは一度だけしか行われませんでした。
4行バージョンは少人数の時にふさわしいという結論でした。
3行バージョンは潜在的に4行への欲求があり、結局は4行に吸収されるということでした。


2行の詩句になると面白いことになります。
1行目と2行目の間に飛躍が生まれるようになり、俳句で言うところの「切れ」が生まれてくるのです。
自然とそうなってくるというのが面白いところです。


では1行で詩句をつないでいくと、どうなるのでしょうか。
大岡は実践した結果、伝統的な連句に比べて「敗色歴然」だとします。
連句は575と77の長短二種の定型によってリズムが生じるのに対し、連詩の場合は平板な詩句の羅列になってしまうと言うのです。


さらに興味深い考察は、1行の中に「切れ」がないと1行の長さがハッキリと長くなるというのです。
その結果、個性を示すことも難しく、そこに並んだ言葉の群れは、
「明確な詩句であるというよりは、もう少しで散文の一行と見分けがつかなくなりそうなところで辛うじて踏みとどまっている短文の叙述」
になってしまうようなのです。
結局、大岡は1行の連詩にこだわって何度か試みてみたものの、
「一行ずつでの長短不定の詩句の付合はほとんど成り立ちえないだろう」として、
それが現代口語による詩的リズムの定型がまだ成立していないことを示している、と結論づけています。
口語自由律俳句や口語自由律短歌の命運を考えるのにも参考になる、と大岡は述べます。


一行詩が成立するためには、文語(あるいは文語脈を加味した口語)の定型詩であることが、おそらく決定的に重要なのです。なぜかといえば、定型短詩は、五音と七音の交錯するそれ自身の中に、明確な「切れ」、休止、断絶、したがって飛躍の可能性を持ちうるからで、いかに短かくとも、それはその中に異質な要素同士が形造る「構成」というものを持ちうるのです。

大岡は俳句の季語も季節感の喚起という以上に、リズムを作ったり強調点となったりする役割だと考えています。
そのため、自由律は必然的に無季句になると述べます。
季語とはリズム感そのものである、という大岡の発想は簡単に捨てられないものがあります。


というのは、季語や「切れ」の役割を軽視している若手の俳句ほど、視覚一辺倒の平板なものとなり、だらだらと長くなる傾向があるからです。
そこにはせいぜい和製ラップのような母音による韻を踏むことくらいしか音楽性がなく、日本語の持つリズムを活かす句は乏しい──端的に言って音痴な句が多いように思えます。


もちろん、僕も大岡の意見に全面的に賛成するわけではありません。
伝統的なリズムを脱臼させることに積極的な意義を見出す作品があることは知っていますし、
ただ単に反抗の魅力をつきつめるというものも悪くはないと思うのです。
しかし、これらの場合には当然ながら作り手の精神の強さが求められるのは言うまでもありません。
僕はこれまでもいくつか伝統的でないものを目指す若手の俳句を批評してきましたが、
その場合に一番問題にしているのは作者に伝統を打ち破るだけの文学的精神が存在しているかどうかです。
ほとんどが自己承認を目的としただけの「目立ちたがり屋」(もしくはヘタレのナルシスト)でしかなかったと言えます。
当然ながらこれらの人々は、自己承認を求めて簡単に伝統派のメディア(俳句総合誌や新聞俳壇など)に入り込んでいくようになるのです。


時間の先にある読者と築く倫理

本書の後半には英語での連詩の試みが紹介されています。
大岡はアメリカの詩人トマス・フィッツシモンズを、連詩の「相棒」と呼んでいます。
フィッツシモンズは自我や個性へのこだわりを生む西洋的なロマンティシズムの思想に敵意を持っている人なのですが、
いざ大岡と連詩を試みるにあたって、彼からロマンティシズムの詩法が垣間見られたりと、詩人の無意識に触れる収穫があったようです。


フィッツシモンズの著書『日本 合わせ鏡の贈り物』(岩波書店)の中の詩論には、
「広い意味でのさまざまな功利的立場からする詩の狡猾な利用に対する彼の強い嫌悪と反対の意志表示を読みとることができる」と大岡は述べているのですが、
現代日本ではこのような意志表示を明確にしている詩人や歌人や俳人をあまり僕は知りません。
思っていても口にしない人はいるのでしょうが、明確に主張してほしいものです。


大岡は最後に古典連歌と連詩の共通点を、異なる個性を持つ詩人たち同士の生き生きとした対話に見出しています。
そのためには参加者全員が共通の場で共同の時を過ごす必要がある、ということなのですが、
このような場所と時間の「縛り」がないと実現できない詩的対話というのは、少し寂しいことのようにも感じました。


僕は、文学とは死者を含めた他者との対話だと思っています。
そうなると、時間も場所も超えていく必要がどうしても出てくるのです。
大岡が読者の発見を連詩において成し遂げたがったのは、角度を変えてみれば、
詩人が自作の反応を「即時的」に得られるというところにあったのではないか、という疑いを禁じえません。
もしそうであれば、それこそが現代的な病ではないのか、という批判も成り立つような気がします。


僕は若い時に、自分の書いたものを他人にほとんど見せずにしまい込んでいました。
同時代的に理解を得ることが難しいと思ったからです。
もし大岡が書いているように連詩の目的が読者の探求にあるのならば、
そこで獲得される読者は、場を共有している(現前する)人たちを中心とすることになります。
読者というものには、想定される過去の読者以外に、当然まだ見ぬ未来の読者も含まれますし、そのような未来の読者だからこそ読み取れる内容だってあるのです。
そのことを考えずに倫理を語ることは難しいと思います。
出版された連詩に未来の読者は存在するので、僕は連詩の試みを否定したりはしませんが、
場に頼って自我を解体することを選ぶと、他者への責任が現前性に回収される結果になってしまう恐れがあります。
このことと現代のSNSにおけるコミュニケーションの問題──特定の場における責任でなされた発言に広く公的な性質が与えられる、すなわち部分と全体の一致という日本ファシズム的メカニズム──は無関係ではありません。
これを締めくくりの一言にしたいと思います。


2 Comment

花田心作さんへの返答

どうも、南井三鷹です。
心作さん、コメントありがとうございます。

大岡の俳壇への影響に関しては僕はあまり知りません。
やはり影響力はあったのでしょうね。

僕のような批判者は別ですが、普通は作品を取り上げてもらった人は喜ぶものでしょう。
考えてみれば、僕が取り上げた大岡の著書はこれが3冊目ですので、
彼も喜んでくれていると良いのですが。

大岡信氏

 大岡信氏は賛否両論ある人でしたが、『折々のうた』に取り上げられた俳人や俳人の支持者達は喜んでいました。山本健吉と共に俳壇に影響力があった評論家でした。

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