南井三鷹の文藝✖︎上等

Home > ブログ > 2018年09月23日の記事

『大江健三郎 柄谷行人 全対話』 (講談社) 大江健三郎・柄谷行人 著

20年という歴史なき時間

ノーベル賞作家の大江健三郎と批評家の柄谷行人の対談本です。
本書には3回分の対話が収められていますが、実際にこれらの対話が行われたのは、
大江がノーベル文学賞を受賞した1994年前後に集中しています。
優に20年以上が経っているので、いまさら本にするのかという感じはありますが、
内容の古さを懸念した柄谷が「読み返してみると、別に古びた感じはしなかった」と書いているように、
あまり20年の時間を意識せずに読むことができました。


ただ、二人の対話を古く感じないことがいいことなのかは疑問が残るところです。
端的に文学が20年以上も停滞しているだけだとも言えるからです。
文学だけではありません。
政治にしても思想にしても、この20年の間に停滞を続けているというのが現状です。


スマホなどの手持ち端末で、個人が特定の情報へのアクセスを随時に行えるようになったという点で、情報技術は格段の進歩をしたわけですが、
そこで提供されるコンテンツは全般的にレベル低下が避けられなくなっています。
即時アクセス文化の広がりによって、じっくり思考することが難しくなり、その分内容が深められなくなったこともありますが、
レベル低下の最大の原因には、やはり資本主義一強体制という世界情勢の影響があると思います。
僕の印象では、西洋は自足してしまった、ということです。
普遍化の欲望で発展してきた西洋は、普遍化による利益をだいたい享受してしまった現在、
これ以上の発展と普遍化を望む必要がなくなってしまったのです。
民主政治も文学も思想も、西洋近代と深く結びついています。
ポストモダンは近代批判をしてはいましたが、結局は近代の枠を維持していることが前提の「箱庭」思想でした。
この先「歴史」と呼ぶに値するだけの発展があるとしたら、それは西洋の手によるものではないでしょう。