南井三鷹の文藝✖︎上等

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『資本主義リアリズム』(堀之内出版) +『わが人生の幽霊たち』(ele-king books)マーク・フィッシャー 著/セバスチャン・ブロイ 河南 瑠莉 訳/五井 健太郎 訳

ニック・ランドと近い存在?

2018年2月に出版された本書『資本主義リアリズム』(原書は2009年刊)が、フィッシャーの著作を初めて日本語に翻訳した本だと思います。
僕が彼のことを知ったのも、書店でこの本を見つけたときになるわけですが、
驚いたことに、それより前の2017年1月にフィッシャーはすでに自殺していたのです。
2019年に『わが人生の幽霊たち──うつ病、憑在論、失われた未来』(原書は2014年刊)が続いて出版され、
彼の音楽ブログ「k–punk」を中心とした内容に触れることができるようになったのですが、
すでに著者が死んでしまっていることで、皮肉にも日本の読者にとってフィッシャーはまさに「憑在論」的な現れ方をしているように思います。
(憑在論についてはあとで触れます)



『ポイント・オメガ』(水声社) ドン・デリーロ 著/都甲 幸治 訳

映像時代の作家

僕は文学より思想や社会関係の本を読むことを優先しています。
そのため、新作が出ると必ずチェックしたいと思う現代作家は、もうミシェル・ウエルベックとドン・デリーロとエリザベス・ストラウトと青来有一の4人だけになりました。
あまり共通する傾向がないように思えるのですが、僕の興味がスキゾかつパラノであるのはいつものことなので、あまり気にしていません。
そういえば、他の3人は佐野波布一時代のレビューで取り上げたことがあるのですが、デリーロには初めて触れるような気がします。


ドン・デリーロはイタリア系の移民を父に持つニューヨーク生まれの作家です。
ノーベル賞候補という声もある作家ですが、作品の難解さのためか過去の代表作はほとんど絶版になっています。
出世作の『ホワイト・ノイズ』の新訳が刊行予定らしいので、再評価されることを望んでいます。
ポール・オースターが『リヴァイアサン』を出版したときにデリーロへの献辞を書き、
デリーロが『コズモポリス』でオースターへの献辞を書いたため、二人の親交もよく知られています。
オースターはユダヤ系移民の子孫ですが、二人には移民という出自と映像時代の作家という共通点があるように思います。


『ポイント・オメガ』は150ページとそう長くない小説なのですが、筋を説明して小説の魅力が伝わるとは思えない困った作品です。
とにかく無駄な部分があるように思えないのです。
その作品構成を説明すると、
冒頭に「匿名の人物 Ⅰ」という短いパートが置かれています。
続いてメインストーリーが4章に分かれていて、これがメインパートになっています。
最後に「匿名の人物 Ⅱ」という冒頭と呼応する短いパートで締められます。
要するに、2つのバンズでメインディッシュを挟み込むハンバーガーのような構造になっているのです。

細部までデリーロの思索の跡を宿したこの小品は、すべての場面を説明したくなる小説であり、何一つ説明できない気にさせられる小説です。
今回、意を決してこの作品について数行書き始めたあとにも、苦戦が続いて、すでに2回読み直しました。
何度読んでも解決できない部分が大きく残される作品で、下手にまとめると陳腐なことを言いそうなのですが、挑んでいこうと思います。