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『現代思想の基礎理論』(講談社学術文庫) 今村 仁司 著

80年代にねじ曲げられた現代思想

ポストモダンという価値観が日本では〈フランス現代思想〉との関連で語られてきました。しかし、ポストモダンがマルクス主義とどう関係してきたのかを理解している人は少ないように思います。
マルクス主義はスターリン批判(1956年)フランスの五月革命(1968年)を境に、大きな転換を迫られることになったのですが、
日本で現代思想の代名詞となった〈フランス現代思想〉がその影響下にあることは、僕の世代になるとあまり考慮されていなかったように思います。
フランスの知識人は伝統的に左派だというのが常識なのですが、
フレンチ・セオリーがアメリカでウケたこともあって、そのあたりの事情がぼやかされてしまっているように思います。


本場の〈フランス現代思想〉は左派的な性質を持っているのですが、
日本のとりわけニューアカ以降の現代思想ブームは、ソビエト社会主義体制の落ち目の時期と重なったため、
マルクスの影響を隠蔽するようなかたちで、アメリカ消費文化の牽引役を果たしてきました。
これが本来の〈フランス現代思想〉とは似ても似つかないものであるため、僕は〈俗流フランス現代思想〉と呼んでいます。
そのため日本では、フランス思想といってもマルクスの『資本論』の読み直しを行ったアルチュセールにこだわっている市田良彦のような存在はマイナーで、
学問的内実に乏しい学者なのか文筆家なのかよくわからない人が、
青土社や河出書房新社などの出版ジャーナリズムと癒着関係にあって幅をきかせてきました。
(こういう人に限って、マルクスはもちろんアルチュセールにもスピノザにも触れずにドゥルーズを語っていたりするのです)
その結果、日本の無知な出版ジャーナリズムしか知らない人が、「リゾーム」とか「差延」とかいうキーワードを振り回して現代思想を理解した気分になっています。
現代思想の政治的な面を意図的に脱色(去勢)してきたのが、日本のオタク向け現代思想というものなのです。


そのような〈フランス現代思想〉の日本的「ねじ曲げ」が行われる以前に、
マルクス経済学とアルチュセール思想に詳しい今村仁司が、マルクス主義の文脈をからめて現代思想を紹介していた本を見つけました。
『現代思想の基礎理論』(1992年)という本です。
残念ながら今は絶版になっています。
本書を読むと、僕がAmazonレビューに書いて散々文句を言われた内容が普通に書かれていました。
この本がもっと読まれていれば、僕が不当な攻撃を受けることもなかったように思います。


たとえば、僕が〈フランス現代思想〉が出版界の中心にある、と書いたことを取り上げて、
佐野波布一(僕の旧筆名)を当てにならないレビュアーだと中傷記事を書いた人がいましたが、
残念ながらその程度のことは本書にしっかり書かれています。
「現在の日本の文化ジャーナリズムを眺めてみますと、ヨーロッパのある地域で話題になっている一部の思想が乱舞しているようです」
今村が言う「ヨーロッパのある地域」とはもちろんフランスのことです。
今村は〈フランス現代思想〉を「流行」と捉えています。
〈フランス現代思想〉は現代思想の代表ではなく、日本の「流行」でしかないという視点が1987年の時点には存在していたのです。
今村は続く部分でこうも書いています。


日本で好んで話題にされている当世風の思想は、この広い地球上の一画で生れたもの、つまりフランスの思想です。構造主義、ポスト構造主義、ディコンストラクション、ポストモダン、等々はおおむねフランス産であり、そのうちのあるものはフランスからアメリカに輸出され、アメリカ化したフランス物が日本に輸入されて、文化産業によってニューモデルの文化商品として流行しているといってよいでしょう。

これを今村は「病的な現象」であり、「知識人たちは、フランス物ばかり流行する日本の文化状況に対してしきりに反撥しています」と述べています。
これを読めば、僕の言っていたことなど一昔前の知識人の普通の意見だったことが想像できるのですが、
ニューアカ以降の「文化商品」でしか思想を知らない僕周辺の世代は、
出版ジャーナリズムを正義と短絡する消費市場崇拝に染まっています。
本書を読むと、アカデミシャンが出版ジャーナリズムと距離を保っていた時代にノスタルジーを感じずにはいられません。