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『古代インド哲学史概説』 (佼成出版社) 金岡 秀友 著 【その3】

六師外道と仏教の登場

紀元前6世紀になると、アーリヤ人が東へと移住するようになり、混血化が進んでアーリヤという実態は薄まっていきました。
それとともに、ブラフーマナ中心の貴族政治からクシャトリヤによる国王統治へと政治体制も変化しました。
小工業も発達し、のちにこれらの層が仏教を支持するようになるわけですが、
仏教に先行してまずは「六師外道」と呼ばれる多様な思想家が活躍をしました。


興味深いことに、この時期はギリシアでも中国でも多くの思想家が登場しています。
多様な説を唱える思想家が出てきたことは。この時代のグローバルな現象とも言えるわけです。
さて、六師というのは原始仏教経典に書き残された6人の思想家のことなのですが、
金岡は彼らを既成思想にアンチを唱えるネガティブな存在としてまとめています。
六師は否定的な思想しか生み出さなかったために、反対者の文献において批判的、嘲笑的に取り上げられて終わったとされています。
彼らの思想は「形而上学的には虚無論、認識論的には不可知論、実践哲学的には快楽主義」だと金岡は言うのですが、なんかポストモダン思想との共通点が感じられないでしょうか。
(中国で言えば儒教に対する老荘思想と近い立場にある気がします)


六師の一人であるニガンタ・ナータプッタはジャイナ教の開祖であるヴァルダマーナ(のちマハーヴィーラ)のことです。
マハーヴィーラの教えはかなりラディカルで、ヴェーダ聖典やバラモンの祭祀を否定し、階級制度にも反対しました。
禁欲的苦行によって悪しき業から解放され、ニルヴァーナ(涅槃)の境地へと解脱することを目的としたのですが、
修行者は不殺生戒や無所有などの厳しい戒律を守る必要がありました。
(無所有のため裸で生活した一派もあったようです)
ジャイナ教の修行は世俗の生活とは両立不可能なので、在家信者は高僧の教えのもと道徳的な生活を送りました。


六師外道のあとで自由思想を完成させたのが仏教です。
仏教はものにも自己にも執着することなく、あるがままに認識することを求め、すべてのものの相対性を説いています。
人生は自分の思いのままにはいかないという苦しみに満ちています。
この苦しみは「自己の所有」という誤った認識からもたらされるのだ、と考えた釈迦は、
修行により真理の認識へと至り、我への執着を捨て去るべきだという教えを説きました。
金岡による説明も引用しておきましょう。

仏陀釈尊は、世界と自己を、すべてのとらわれを離れてあるがままに認識する。その結果、すべては「苦」であるとみる。すなわち、恒常性なく、苦楽定まらぬからである。すなわち「諸行無常」である。それは、あるものはこれ、と定める実体(我)はない(「諸法無我」)からである。実体はないが、仮の姿や作用(諸法)はある。(中略)この根源をさとり、根源を滅すれば、われわれの迷いも消える。釈尊はかかる理法を縁起と呼んだ。


いっさいが他との関係にあるという相対性の認識を「縁起」と言います。
縁起によって事物の実体性は否定されるのですが、仏教は事物が現前していること自体は否定しないので、
「五蘊説」や「十二縁起説」などの世界の根源を考える形而上学的思考を残しています。


仏教についての記述の最後には、仏教がカースト制度を否定したことを評価する研究者たちの意見が紹介されています。
そこで金岡はネルーが「仏教はインドにおいて自然死をとげた」と述べたことを取り上げ、
仏教がインドで生き続けられなかったことの原因に、カースト制度との対決があったことを示唆しています。

 

ヒンドゥー教と六派哲学の確立

紀元前2世紀から紀元5世紀にかけてインドには大帝国が誕生し、中央集権化が進んだのですが、
この時期にジャイナ教や仏教に対抗するようにして民衆性を備えたヒンドゥー教が形成されたようです。
その結果、思弁力と体系性をもつ「六派哲学」を生み出すに至ったのです。


ヒンドゥー教の定義というのは非常に難しいようで、その名称自体がヨーロッパによる名付けでしかありません。
金岡は金倉円照の「本来印度に発生し印度に於いて特有の発達を遂げた教」という定義を持ち出すのですが、
そうなるとジャイナ教と仏教もヒンドゥー教になってしまうために、なかなかに複雑です。
また、古代バラモン教とヒンドゥー教の関係もややこしく、
同一とは言い難いが、聖典を同一にしているため別とも言いにくいという曖昧な区別になっています。
金岡はヒンドゥー教を、伝統バラモン教がジャイナ教や仏教を経て新たに再編成されたものと考えています。


ヒンドゥー教には有神論的傾向があり、宗派も行事も教義も神々によって分類、整理されています。
ヴィシュヌを主神とするヴィシュヌ派やシヴァを主神とするシヴァ派などの宗派があり、
15世紀以降ヨーロッパとの接触によって、キリスト教やイスラム教に刺激されつつ改革ヒンドゥー教新派も加えて成立しました。
これらヒンドゥー教徒の信仰は生活のすみずみにまで至る祭祀と儀礼に支えられています。


これと関連して正統バラモン系統の哲学体系である「六派哲学」が形成されていきました。
本書はこの六派哲学を概説したところで終わっています。
軽く紹介されたくらいではサッパリわからないのですが、全体像を知ることくらいはできました。
ざっと六派哲学の内容を確認しておきましょう。


(1)ミーマーンサー学派

ヴェーダ聖典を大別すると「行為論」と「知恵論」に分かれますが、ヴェーダの行為論をもとに人間の義務を考察したのがミーマーンサー学派です。
ただ、ヴェーダに絶対服従する保守的なあり方から、勢いを早々と失ったようです。
ヴェーダの絶対権威を支えるのは言葉の絶対性であり、語と意味との結合関係は人知を超えた永久不変のものと考えられていました。


(2)ヴェーダーンタ学派

ヴェーダーンタはウパニシャッドの別名で、ヴェーダ文献の最後(アンタ)を指します。
ヴェーダの「知恵論」を考察し、「梵我一如」の実現によって解脱を目指します。
「梵我一如」が二元論に陥ることを避けるため、「不二一元論」を唱えたシャンカラという有名な思想家が属しています。


(3)サーンキヤ学派

精神的原理で動力因であるプルシャと物理的原理で質料因であるプラクリティの二元論をとり、
プルシャ自体は活動しませんが、それに触発されたプラクリティが様々に変化し自我意識や物質を構成すると考えました。
その結果、人間の諸作用は精神ではなく物質に属していることになっています。


(4)ヴァイシェーシカ学派

ヴァイシェーシカ学派は宇宙の原理を6つに分けて、万物はその6つの原理の相互因果によって形成されるとしました。
そのため6原理を正しく学び実習し、アートマンを正しく保つべきだと考えました。
一般に語と意味との結合関係は便宜的、習慣的であり、経験から生じたものだと主張している点で、ミーマーンサー学派とは正反対です。


(5)ニヤーヤ学派

金岡は本来独立的な性格に乏しく、ヴァイシェーシカ学派に近い、と述べています。
「いずれにせよこの学派は、次のヨーガ学派と同じく理論上の独立を有する学派というよりは、
全学派に共通の論理学をまとめあげた予備学的共通的学派であったとみるべきであろう」


(6)ヨーガ学派

共通理論を司るニヤーヤ学派に対して、実践上の共通学を受け持ったのがヨーガ学派です。
ヨーガの修行によって解脱に到達することを教えています。
ヨーガの実践によって身体と精神の一体化を実現することを目的としているのですが、ヨガは現代でもよく知られています。


本書は概説ですので、全体像を軽く描いて終わっていますが、
インド哲学の知識がほぼ皆無という僕のような初学者にとっては、最初に読むのにふさわしい本でした。
金岡の記述だけではわかりにくい部分や、さらに詳しい記述を求めて僕は中村元『インド思想史』を読み継いでいきました。
本書では六派哲学の紹介までしか触れられていないため、
そこで「一」と「多」の関係がどのように描かれているのかという点については踏み込みませんでした。
これについては別のインド哲学の本の逸脱書評に譲ろうと思っています。

 


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