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『世界史の実験』(岩波新書) 柄谷 行人 著

柳田国男の可能性の中心

本書は柄谷行人の3年ぶりの本です。
語り下ろしなので、柄谷特有の文体よりはだいぶ読みやすくなっているように思います。
題名こそ「世界史」となっていますが、本書の内容は明らかに柳田国男論だと言えます。
柄谷は2013年に『柳田国男論』(インスクリプト)、2014年に『遊動論──柳田国男と山人』(文春新書)を出版していますので、
本書はその延長に位置づけられるものと考えてよいでしょう。


実は僕は本書の前に出ている柄谷の柳田論には興味がそそられなかったので、全く読んでいないのですが、
ちょっと調べた感じでは、『世界史の実験』の第2部にあたる山人についての考察は、すでに前著で語られている内容とそれほど変わりがないように見えます。


柄谷が強い関心を抱いているのが「山人」という存在です。
柳田国男は『遠野物語』や『山の人生』で山人について語っています。
しかし、山人が実在したことを実証することができなかったため、柳田は平地農民である「常民」ばかりを語るようになりました。
その結果、柳田は日本人の文化的多様性を無視したと批判されているのですが、柄谷は柳田が山人の存在を生涯追い続けたと反論します。
柄谷が言うように柳田が山人の存在にこだわっていたのか、それとも放棄したのかについては、僕には判断がつかないのですが、
その真偽は問わないことにして、なぜ柄谷が柳田の山人にこだわっているのか、そして柳田論でしかないものをどうして「世界史」などと言うのか考えてみたいと思います。



島崎藤村と柳田国男の共通点

本書の第1部では島崎藤村と柳田国男が比較されています。
藤村と柳田はともに雑誌「文学界」で活躍した新体詩の書き手という共通点があり、ある事件で絶縁するまでは親しく付き合っていました。
藤村の書いた「椰子の実」という詩が、柳田が漂着した椰子の実を見た話をもとに生まれたというエピソードもあります。
しかし、柄谷が語るのは、二人の父親の話です。


藤村の父の島崎正樹は、『夜明け前』の主人公である青山半蔵のモデルとして有名です。
彼は明治維新にも影響を与えた平田神道の運動に参加しています。
藤村自身はキリスト教徒になったため、父の神道を裏切ったことになるのですが、
平田篤胤の神道には実はキリスト教の影響が見られます。
篤胤はマテオ・リッチが漢文で書いた『天主実義』を参考にして、キリスト教的な救済思想を神道に組み入れたのです。
日本のキリスト教が明治中期以降に土着化したため、結果として平田神道に近づいたと柄谷が述べるのは、そもそも両者に深い関係性があるからです。
西洋派だった藤村がしだいに日本回帰していき、戦時体制にも協力するようになったことを、柄谷は「平田派のように振る舞うようになった」と表現しています。


平田神道について僕はこれから学ぶつもりですが、
外部から取り入れたものを日本固有の思想として捏造することと、日本的でしかないものを西洋思想として語ることの間には、
見かけ上のベクトルが正反対にもかかわらず、根元に同じ欲望が存在しているように感じます。
つまり、日本において表層と深層は交換可能であり、たやすく反転するということです。
その例を挙げれば、近代国家の都合によって制度化された歴史を、「偽史」によって相対化する左派的な試み(表層)が、
国家にとって都合の悪い近代史を都合の良い「偽史」へと書き換える、右派的な歴史修正主義(深層)へと反転するようなものです。
西洋近代批判であったポストモダン思想が、西洋近代と戦った日本近代を肯定する保守思想へと「上書き」されるのは、表層的なファッションによる深層にある欲望の表現、もっと言えば「パクリをオリジナルと主張する精神」が影響しているように思います。


柄谷が注目するのは柳田の父親である松岡操が、医者となったあと本居宣長や平田篤胤の国学を学び、平田神道の神官になっていることです。
柳田自身に平田神道との具体的結びつきはありませんが、その影響はあったと柄谷は考えています。
柳田が「実験」として試みようとしたことが、平田派の運動と重なると言うのです。


4つの交換様式

このような話の流れからすると、柄谷が平田神道に関心を抱いているようにも見えるのですが、
そうではなく、彼の意図は平田神道を媒介として柳田とマルクスを近づけることにあります。


柄谷は2006年の『世界共和国へ』(岩波新書)で4つの交換様式というものを示しました。
「交通」や「交換」について考えていた柄谷は、文明における交換の普遍的パターンを4つの様式に分類することを考えついたのです。
マルクスは社会構成体の歴史を「生産様式」において把握していましたが、
交換を二次的なものとする生産様式より、交換を主題とした「交換様式」として把握するべきだというのが柄谷の考えです。


1つめの交換様式Aは「互酬」です。
主に共同体内で行われる贈与と返礼のことで、親が子供の面倒を見て、子供がそれに恩を感じて親の世話をすることなどがこれにあたります。
あまり普段は交換として意識されない交換と言えます。
柄谷はこの交換様式に基づく社会を氏族的な社会構成体としています。


交換様式Bは「再分配」です。
共同体と共同体の間では暴力的な収奪が商品交換より優先される場合があります。
柄谷はこれを強者による一方的な略奪や強奪としてではなく、強者が支配地域に治水灌漑などの公共事業や福祉などを通じて「再分配」する交換として把握しました。
このような交換様式は主に国家によって行われます。


交換様式Cが「商品交換」です。
双方の合意によって成立する商品と貨幣の交換という様式です。
つまりは資本主義的な社会構成体が行なう市場経済の仕組みのことです。


最後の一つである交換様式Dは「現実に存在しているわけではないが、つねに理念としてありつづけるような形態」だと柄谷は言います。
これを柄谷はCの商品交換形態においてAの互酬形態を回復するものとし、アソシエーションと呼んでいます。
柄谷を長く読んでいる人は、これがマルクス主義の描く共産主義とは異なる、柄谷のマルクス読解から導かれた資本主義のオルタナティヴであることがすぐにわかります。
柄谷もアソシエーションが国家による社会主義とは違うことに注意を促しています。
では、このアソシエーションとはどのようなものなのでしょうか?


アソシエーションという格差なきシステム

柄谷はアソシエーションのルーツに普遍宗教(世界宗教)を見ています。
商品交換の場である都市から出現しながら、互酬的な共同体を形成するものである普遍宗教は、交換様式CとAの混合体と言えるからです。


普遍宗教は、商人資本主義・共同体・国家に対抗し、互酬的(相互的)な共同体、つまり、アソシエーションを志向するものとしてあらわれたのです。(『世界共和国へ』)

柄谷は普遍宗教が自由の互酬性(相互性)という倫理的な理念をもたらしたと述べて、それを普遍的な道徳法則としたのがカントだとします。
カントの「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」という命題が、他者を自由な存在として扱うことを要求しているからです。
つまり、カントは普遍宗教から理念を取り出して、その宗教性を否定したということです。
柄谷はここにアソシエーションが成立する可能性を見ています。


アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動です。それは先にのべたように、自由の互酬性(相互性)を実現することです。つまり、カント的にいえば、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」ような社会を実現することです。(『世界共和国へ』)

マルクスの共産主義の構想にユダヤ思想の影響があったことは間違いないので、マルクス的なアソシエーションには普遍宗教という背景が欠かせないのです。
そこから宗教性を否定し、普遍的な倫理へと昇華させたのがカントです。
柄谷はカント思想の持つ自由の互酬性を原理として、マルクスの思い描いた資本制を超えるアソシエーションという交換様式を、「世界同時革命」という形で実現することを描き出しました。
これが『世界共和国へ』の主題です。


マルクスから柳田へ

どうして13年も前の本について書いているのかというと、『世界史の実験』を単なる柳田国男論として読んでしまうと柄谷の意図が全くわからなくなるからです。
柄谷が柳田が撤回したとされる「山人」をわざわざ持ち出して語りたがるのは、そこにアソシエーションの代替物を見出そうとしているからなのです。


柄谷は柳田が学生時代から官僚となったあとまで、アソシエーションの一種である協同組合の設立について考えていたと言います。
柳田は農村の貧しさというものが物質的なものだけでなく、「人と人との関係の貧しさ」にあると思い、農村における「協同自助」の必要性を痛感しました。
実際に山岳にそのようなユートピアがあることも目にしています。
「九州南部地方の民風」という文章の中で、柳田は宮崎県の椎葉村に「協同自助」が存在していたことに驚き、
「富の均分というが如き社会主義の理想が実行せられたのであります」と興奮気味に書いています。


椎葉村は柳田にとって、「ユートピア」でした。といっても、彼はそれを西洋の経験や思想だけから得たのでありません。なぜなら、「協同自助」を実現する運動が日本にもあった、というより、彼の身近にあったからです。例えば、それは、木曽山林の平田神道派の運動です。藤村の父はそれに取り組んだ。(『世界史の実験』)

さすがに柄谷は柳田が目指した「協同自助」がマルクスの言うアソシエーションである、とは言いません。
これっぽっちもそういう気配は見せないので、そんな証拠はないのですが、これを書いている柄谷の頭にアソシエーションのことがないとは僕には思えないのです。
なぜなら、アソシエーションについて考えないと、本書で柄谷が藤村を持ち出してまで平田神道の話をしたことが理解できないからです。


『世界共和国へ』の中で柄谷は、アソシエーション実現の前段階として普遍宗教の存在を挙げていました。
このことを柳田の「協同自助」と重ねたとき、キリスト教を取り入れた平田神道の存在というものが重要になってくるのではないでしょうか。
本書の第2部は「山人」についての考察になりますが、
ここで柄谷は柳田が『先祖の話』の中で強調した「固有信仰」を、普遍宗教と比較しています。


柳田の固有信仰には互酬性がない

固有信仰とは、仏教や神道よりも前からある日本古来の信仰のことです。
柳田によれば、死者の個別の霊は浄化された後、一つの御霊へと溶け込んで氏神となります。
氏神となった祖霊を祀るのが固有信仰となるので、これは祖霊信仰、先祖崇拝ということになります。
仏教やキリスト教やイスラム教、そしてユダヤ教も祖霊信仰を受け入れてきた、と柄谷は言います。


このあたりから柄谷の論の運びが力技になっていきます。
カトリックの司祭である晴佐久昌英の説教を引用し、そこで語られる先祖信仰が柳田の固有信仰に似ていると言い出します。
どこが似ているのかと言うと、祖霊がひたすら一方的に子孫を愛し見守るという、祖霊と生者の不均衡な関係のあり方です。
通常の先祖信仰は祖霊と生者が互いの世話を義務づけられている互酬的な関係であるのに、柳田の固有信仰にはそのような互酬性がないという点に柄谷は注目します。
このような無条件に子孫を愛するという祖霊のあり方を、柄谷は「人類の固有信仰だというべきである」と述べます。
唐突に「人類」にまで拡大されると、なんだか柳田の固有信仰に無理に普遍性を持たせようとしているようにも思えます。


柳田のいう固有信仰の特徴は、むしろ「互酬的な関係」がない点にある。先祖(死者)と子孫(生者)は無条件に互いを信頼している。(『世界史の実験』)

ここから柄谷は「柳田のいう固有信仰には、父系的でない社会像が反映されている」として、
日本社会が父系的でも母系的でもなく、双系的だという話へと移っていきます。
柳田の互酬的でない固有信仰が成立するには、日本が双系制の社会であることが関係している、と言うのです。
最後には丸山眞男の古層論も持ち出します。
丸山が日本の古層を論じた要素として、自然に「なる」というものがあるのですが、柄谷はそれが双系制とつながると述べて、日本社会の双系性を証明しようとします。
しかし、あまり話がまとまらないうちに本書は終わりを迎えます。


結局、柄谷は何がしたいのか

正直な印象を言えば、『世界史の実験』は全体に説得力に乏しい柄谷の思いつきで構成されている論だと感じました。
だから「実験」なのだと言えばそうなのでしょう。
しかし、資本制のオルタナティヴである交換様式Dの可能性を、柳田の「山人」に見出すという努力には、残念ながら何の魅力も感じられません。
結局、マルクスとカントを語っていればよかったんじゃないの、
なんで柳田国男に行くのかね、
と感じる向きもあると思いますが、僕はその不自然さに柄谷の「事情」があるように思えるのです。


柄谷は柳田の「山人」を網野善彦の「原無縁」とを対応させて、それを「原遊動性」(U)と呼んでいます。
「原遊動性」を体現する原遊動民には互酬原理がないというのが柄谷の主張です。
つまり前述した柳田の固有信仰に見られる「互酬原理がない」という特徴とは、山人の「原遊動性」へと接続しているのですが、
柄谷は原遊動民についてこのように述べています。


遊動民のバンド社会では、構成員は少数であり、また、いつでも他人との関係を切断できた。その意味で、彼らの社会は「無機質」であった。しかし、定住以後の社会では、それらが多数結合された「有機体」になる。それは葛藤・相克に満ちた状態である。(『世界史の実験』)

ここで柄谷が定住と遊動という対比をしていることに注意してください。
定住を拒否して動き回る存在というと、遊牧民的な存在に思い当たると思います。
国家に対抗する遊牧民のイメージといえば、ドゥルーズ=ガタリで有名になった「ノマド」という存在が思い浮かばないでしょうか。


実は柄谷は柳田国男や「山人」を持ち出してノマドロジーについて語っているのです。
今さらドゥルーズ=ガタリのパクリですか、と言うと早まったことになります。
柄谷は網野善彦の思想がドゥルーズ=ガタリのノマドロジーと共鳴するものであったとして、
孤立していた網野史学が社会的に受け入れられるようになった原因を、ノマドロジーが「新自由主義に適合するイデオロギーと化した」ことに見ています。
ドゥルーズ=ガタリの思想が所詮は資本主義イデオロギーに吸収されるものでしかなかったというのは僕も繰り返している批判なので、その通りだと思います。


しかし、ここで柄谷はノマドには2種類あるのだと言い出します。
遊動民(ノマド)には差異があり、それは柳田が山人と山地民とを区別したことに対応すると説明します。
山人は定住以前のノマド、山地民は定住以後のノマドという区別です。
柄谷が定住と遊動を対比させているのは、柄谷が注目するノマドが定住以前の存在だからなのです。
この区別のどこが重要なのかというと、定住以後のノマドは農民共同体を支配して国家を形成するからです。
つまり、柄谷がこだわっている山人、彼の言葉で言うと「原遊動性」(U)は定住以後に失われた存在となるのです。


要するに、柄谷が柳田を持ち出して語りたかったのは、ドゥルーズ=ガタリとは別の「失われたノマドロジー」であったということです。
明確に言葉にはしていませんが、そこにアソシエーションの可能性も賭けられているのです。


ここまで僕は柄谷の意図に沿って筆を費やしてきましたが、
彼の意図を丹念に追いかけてみて感じることは、彼がポストモダンの流行に対して妥協をしていったということです。
ある時期に柄谷がポストモダン思想を批判していたことは前に僕がまとめたものがあるのでハッキリしているのですが、
その批判にも効果がほとんどなく、日本の思想系出版市場がポストモダンの方向へとどんどん進んでいったために、柄谷は孤立感を深めました。
そこでポストモダン思想を批判するのではなく、自分のアソシエーション理論の中に取り入れようとしたのだろうと思います。
必然性に乏しい結びつけであるために、論に強引さが目立ってしまったのではないでしょうか。


資本論の読解から未完のアソシエーションの可能性や世界革命を見出すことから、
定住前の遊動民という失われた存在や柳田の論で提案されただけの祖霊信仰にアソシエーションの可能性を見出すことへの移行は、
時間軸が正反対であることでもわかるように、未来から過去への撤退であるだけに、ノマドロジーというよりある種のノスタルジーの色を帯びます。
ある時期から柄谷行人もさすがに老いたように感じていましたが、数年ぶりに読んだ本書で僕は柄谷の老いをまざまざと実感しました。
「原〜」とか言って失われたルーツを探求するのは、文学的・詩的な手段としては正統的で理解もできるのですが、
政治的・思想的にはあまり歓迎すべきものだとは思いません。
その意味でかつての柄谷は、深層にある文学的な志向を表層において思想として語っていたのに、
老年になってアソシエーションの思想を深層に埋めて、表層では神話にも似た文学的ノスタルジーを語っているように思います。
あえて「老いた柄谷行人は文学人としての地金を露出した」と言って終わりたいと思います。


5 Comment

洛書さんへの返答

どうも、南井三鷹です。
洛書さん、コメントありがとうございます。

僕は自分がどういう人間なのかの判断を人任せにしています。
洛書さんがそう思うなら、宗教的情操に乏しいのかもしれません。

ただ、普通の人よりは宗教への関心は強かったと思いますよ。
僕は小学5年生の時に般若心経に影響を受け、坊主になろうと思って経典を読んでいました。
西洋哲学の前に仏教哲学に馴染んでいたので、
西洋思想に対して相対的な視点が身についていたように思います。
最近は東方正教会の信徒になろうかと勉強をしてみましたが、
自分が罪人であるという認識が今のところ実感できそうにありません。

ちなみにエックハルトと禅の共通性についての本を前に買ったのですが、まだスタンバイ状態です。

キリスト教

記事の話題とは話がずれますが、あなた様は、キリスト教は嫌いですか?

あなた様は大変優秀な人だと存じますが、私には、宗教的情操には乏しいような気がします。

私は自覚的な仏教徒で、キリスト教徒ではありませんが、アメリカのある種のキリスト教(エマソンやトラインのキリスト教)は、大変立派な宗教だと思っています。

中世のドイツのマイスター・エックハルトのキリスト教には、仏教徒として、とても共感しています。

失礼がありましたら、どうぞお許しください。お返事は不要でございます。この点はご随意に。

南海さんへの返答

どうも、南井三鷹です。
南海さん、熱いコメントをありがとうございます。

僕は現代思想に踊った同世代の連中には絶望しているので、
広い範囲の読者に届くように共通了解を前提としない書き方をしています。
そのため、南海さんのような若い読者に届くのは、僕にとっては大きな喜びです。

僕についての妄想も楽しく拝見しました。
ガッカリさせて申し訳ないのですが、僕はサービス業で世をしのぐ無名の読書人です。
「世に出ていない」理由は書けばいろいろあるのですが、大学やマスコミや出版社ひいては日本社会の堕落を見て、
自分は一緒に堕ちたくないと感じたのが大きいと思います。

また気になったことがあれば気軽にコメントしてください。

花田心作さんへの返答

どうも、南井三鷹です。
心作さん、いつもコメントありがとうございます。

山窩についての研究は柳田に始まるようですね。
近代国家成立以前は日本にも一定数存在したようですが、定住生活に移行して姿を消していったという話です。
そういう意味では「山人」というのも遥か昔の話というわけでもないのですね。

無題

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