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『現代詩試論/詩人の設計図』(講談社文芸文庫)+『連詩の愉しみ』(岩波新書)大岡 信 著

22歳という早熟

本書は2017年に大岡信が亡くなって、2か月後に刊行されました。
彼は詩人なのですが、それ以上に詩論を高く評価する人の方が多いように思います。
朝日新聞に連載されたコラム「折々のうた」は、1979年から2007年まで28年にわたって続けられたので、その印象がどうしても強いこともあるのでしょう。
父の大岡博が歌人だったので、和歌に詳しいのはその影響があったのだと思われます。


本書には1955年の『現代詩試論』と58年の『詩人の設計図』の2冊がまとめて収録されています。
この中の最初の論考は「エリュアール論」で、次いで「現代詩試論」となるのですが、初出を見れば大岡が21歳と22歳の時に書かれていることになります。
その年齢の若さにも驚きを禁じえないのですが、
一生の仕事を俯瞰する時期に、若書きの詩論が再刊されたことを考えると、いかに大岡が評論家として早熟であったかが理解できるのではないでしょうか。


ウィキペディアからの孫引きですが、日本経済新聞の追悼記事に大岡が新聞記者を大事にしたという話が出ています。
興味深いのでここに引用してしまいます。


大岡は著作について新聞の記事にされると、必ず感想や謝意を記した葉書を返事として記者に返した。新聞記者を大切にする姿勢は「文章は、新聞記事の書き方が基本と思っています」「どんなに難しいことを考えていても、人に伝わらなくては意味がない」という言葉に表れていた。人に伝えようとする姿勢は「折々のうた」のような数々の詞華集や、「詩への架橋」といった入門的著作に結晶した。晩年、話すのが困難になっても、自宅には編集者や記者が集まり、語らい輪の中心にいたのは、新聞記者を大切にする大岡の人柄が現われたエピソードである。

引用元が新聞記者の文章なので、多少のバイアスはあるにしても、大岡が意味伝達に強い関心を持っていたこと、ジャーナリストの文章を評価していたことはその通りなのでしょう。
大岡自身にも読売新聞記者の経歴があるので、人に伝えることを強く意識していても不思議はありません。