南井三鷹の文藝✖︎上等

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私生活主義イデオロギー

私生活主義という新たなイデオロギー

80年代のバブル景気以降に広まったポストモダン思想は、イデオロギーなどの近代的体系性を批判する思想として登場しました。
近代の結末にあった第二次世界大戦と、世界の破滅を視野に収めた冷戦時代を乗り越えるためには、
資本主義と社会主義の対立を生み出す国家的イデオロギーに対する批判が有効でした。
しかし、90年代に入ると社会主義陣営が崩壊し、世界には資本主義しか選択肢がなくなりました。
日本で「ポストモダン」という言葉が本格化するのはこの時期で、もうイデオロギーの時代ではないということが、
「大きな物語」の崩壊などという言葉で語られました。
今読むほどの価値があるとは思えない東浩紀の『動物化するポストモダン』が2001年出版当時に大きな話題を呼んだのは、
イデオロギーという「大きな物語」が終焉し、消費資本主義的な私生活重視の価値観が一般化したという背景があったからです。


しかし、日本の「ポストモダン」という言葉が脱イデオロギー(もしくは脱社会主義)を表すものであるとハッキリさせてしまえば、
日本のポストモダンが70年代後半に始まっていたことが理解しやすくなります。
なぜなら、日本の脱社会主義つまりは脱左翼運動が鮮明になったのは、72年のあさま山荘での連合赤軍事件だからです。
連合赤軍事件によって、学生などの左翼運動が凄惨な内ゲバを繰り返すだけで、社会的な広がりを持ちえないことがわかり、
左翼的な政治姿勢への支持が失速していったのです。
1972年は若者にとって政治の季節の終わりを刻み込まれた歴史的な年でありました。
それが僕の生まれた年です。


政治の季節の終わりは、陰に陽に政治と関係を持ち続けた近代文学の終わりを導きました。
70年にすでに三島由紀夫が自決し、72年にはノーベル文学賞作家の川端康成が自殺しています。
その後は左翼的学生運動の傍観者だった村上春樹が文壇の中心的存在となり、日本の若者の政治からの逃避が決定的になりました。
政治運動に関係しないのはもちろん、政治的関心も弱くなり、ついには社会への関心を失っていくことになりました。


社会への関心が失われると、反比例するように自分自身とその周囲への関心が高まるようになっていきます。
自分への関心に集中する私生活主義の登場です。
ポストモダン思想は趣味的関心に特化した私生活主義の付属物として登場しました。
要するに、ポストモダン思想とは私生活主義という新たなイデオロギーを後押しする理論として登場したのです。
その意味でポストモダン思想の実態はイデオロギー批判ではありません。
社会への関心よりも個人的な趣味的関心を重視して、消費にはげむべきだという消費社会のイデオロギーだと考えるべきなのです。


ポストモダン思想は私生活主義というイデオロギーの一部を構成するものでしかありません。
社会的関心がある程度死滅した世界においては、もはや私生活主義を裏付ける理論など必要はなくなります。
現在、ポストモダン思想が下火になっているのは、このような私生活主義が完全に社会的関心の排除に成功したからに見えます。
その意味で、より進んだ私生活主義の立場からポストモダン思想を批判する人に対しては、立場が違うので距離を取りたいと思っています。