南井三鷹の文藝✖︎上等

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「反伝統」という詐術

伝統をめぐる「対立」などあるのか

俳句界には「伝統」と「反伝統」という対立軸があるようです。
俳人の中には何かしらの了解があるのかもしれませんが、このような「対立図式」が外部の人間である僕には正しいとは思えません。
少し前のことになりますが、「俳句界」2019年1月号で「「ホトトギス」は永遠に不滅です」というタイトルの特集がありました。
この特集が本気なのか皮肉なのか、一見しただけではよくわかりませんが、「巻頭言」を寄せた筑紫磐井にとっては明らかに皮肉でした。
この筑紫の文章について少し語ってみたいと思います。



『世界史の実験』(岩波新書) 柄谷 行人 著

柳田国男の可能性の中心

本書は柄谷行人の3年ぶりの本です。
語り下ろしなので、柄谷特有の文体よりはだいぶ読みやすくなっているように思います。
題名こそ「世界史」となっていますが、本書の内容は明らかに柳田国男論だと言えます。
柄谷は2013年に『柳田国男論』(インスクリプト)、2014年に『遊動論──柳田国男と山人』(文春新書)を出版していますので、
本書はその延長に位置づけられるものと考えてよいでしょう。


実は僕は本書の前に出ている柄谷の柳田論には興味がそそられなかったので、全く読んでいないのですが、
ちょっと調べた感じでは、『世界史の実験』の第2部にあたる山人についての考察は、すでに前著で語られている内容とそれほど変わりがないように見えます。


柄谷が強い関心を抱いているのが「山人」という存在です。
柳田国男は『遠野物語』や『山の人生』で山人について語っています。
しかし、山人が実在したことを実証することができなかったため、柳田は平地農民である「常民」ばかりを語るようになりました。
その結果、柳田は日本人の文化的多様性を無視したと批判されているのですが、柄谷は柳田が山人の存在を生涯追い続けたと反論します。
柄谷が言うように柳田が山人の存在にこだわっていたのか、それとも放棄したのかについては、僕には判断がつかないのですが、
その真偽は問わないことにして、なぜ柄谷が柳田の山人にこだわっているのか、そして柳田論でしかないものをどうして「世界史」などと言うのか考えてみたいと思います。




私生活主義イデオロギー

私生活主義という新たなイデオロギー

80年代のバブル景気以降に広まったポストモダン思想は、イデオロギーなどの近代的体系性を批判する思想として登場しました。
近代の結末にあった第二次世界大戦と、世界の破滅を視野に収めた冷戦時代を乗り越えるためには、
資本主義と社会主義の対立を生み出す国家的イデオロギーに対する批判が有効でした。
しかし、90年代に入ると社会主義陣営が崩壊し、世界には資本主義しか選択肢がなくなりました。
日本で「ポストモダン」という言葉が本格化するのはこの時期で、もうイデオロギーの時代ではないということが、
「大きな物語」の崩壊などという言葉で語られました。
今読むほどの価値があるとは思えない東浩紀の『動物化するポストモダン』が2001年出版当時に大きな話題を呼んだのは、
イデオロギーという「大きな物語」が終焉し、消費資本主義的な私生活重視の価値観が一般化したという背景があったからです。


しかし、日本の「ポストモダン」という言葉が脱イデオロギー(もしくは脱社会主義)を表すものであるとハッキリさせてしまえば、
日本のポストモダンが70年代後半に始まっていたことが理解しやすくなります。
なぜなら、日本の脱社会主義つまりは脱左翼運動が鮮明になったのは、72年のあさま山荘での連合赤軍事件だからです。
連合赤軍事件によって、学生などの左翼運動が凄惨な内ゲバを繰り返すだけで、社会的な広がりを持ちえないことがわかり、
左翼的な政治姿勢への支持が失速していったのです。
1972年は若者にとって政治の季節の終わりを刻み込まれた歴史的な年でありました。
それが僕の生まれた年です。



『現代詩試論/詩人の設計図』(講談社文芸文庫)+『連詩の愉しみ』(岩波新書)大岡 信 著

22歳という早熟

本書は2017年に大岡信が亡くなって、2か月後に刊行されました。
彼は詩人なのですが、それ以上に詩論を高く評価する人の方が多いように思います。
朝日新聞に連載されたコラム「折々のうた」は、1979年から2007年まで28年にわたって続けられたので、その印象がどうしても強いこともあるのでしょう。
父の大岡博が歌人だったので、和歌に詳しいのはその影響があったのだと思われます。


本書には1955年の『現代詩試論』と58年の『詩人の設計図』の2冊がまとめて収録されています。
この中の最初の論考は「エリュアール論」で、次いで「現代詩試論」となるのですが、初出を見れば大岡が21歳と22歳の時に書かれていることになります。
その年齢の若さにも驚きを禁じえないのですが、
一生の仕事を俯瞰する時期に、若書きの詩論が再刊されたことを考えると、いかに大岡が評論家として早熟であったかが理解できるのではないでしょうか。



趣味空間の全般化という〈日本安楽主義〉【その2】

大学の官僚化に絶望した藤田

今回もひきつづき藤田省三の『全体主義の時代経験』を読むことで、80年代以降の日本社会の閉塞感について考察していきます。
すべてを貨幣という一元的価値へと還元していく資本主義を、藤田が現代の全体主義として捉えた「全体主義の時代経験」という文章に触れてから、「「安楽」への全体主義」の内容へと移ろうと思います。


前回の【その1】で、藤田が71年に法政大学教授を辞した理由がよくわからないと書きましたが、
最近になって青土社の「現代思想」2004年2月号の藤田省三特集を手に入れたところ、
同じ法政大学法学部教授だった飯田泰三の「藤田省三の時代と思想」という文章に当時の藤田の事情が書かれていたのを見つけました。
そこにはイギリス留学から帰国した藤田が、大学紛争に当事者として関わったことが書かれています。
飯田は藤田の辞任について、大学紛争に疲れたからではなく、高度成長の下で知識人の知的頽廃が進んだことが影響した、と考えています。
藤田は「「大学」という虚構の特権的制度の中で「教授」として生活していくことに、もはや精神的に耐えられなくなった」のです。
飯田の考察は僕の推測とそう変わらなかったので、少し安心しました。



趣味空間の全般化という〈日本安楽主義〉【その1】

ナルシシズムは批判の存在自体を抹消する

戦後思想家で僕が評価している人を挙げてくれと言われたら、迷いなく藤田省三と答えます。
丸山眞男の教え子に当たり、60年安保闘争にも関わった人なので、左翼思想家として片付けられてしまうのかもしれませんが、
僕のようにイデオロギー闘争から遠く離れた世代にとっては、そういうことは重要ではなく、単に知的に優れているかどうかが決め手になります。
僕が大学に入った時は構造主義、ポスト構造主義が「現代思想」でしたので、戦後思想が話題になることはあまりなかったと思います。
しかし、藤田が一般にどの程度知られているのかということについては心許ない気持ちにならざるをえません。
その上、晩年の藤田省三は高度経済成長以後の日本社会に肯定的でなかったこともあって言論界の表舞台から身を引いていたので、丸山と比べても日陰の存在になってしまった感があります。
しかし、藤田の書いていることは今読んでも全く古い感じがありません。


戦後思想には敗戦体験を通奏低音として、戦前までの日本に対する批判を行なったものが少なくありません。
日本病理の本質とも言えるナルシシズムの問題に迫りえた思想は、戦後思想をおいてほかにないと僕は思っています。
しかし、高度経済成長を経て敗戦の傷を忘れ始めると、封印されていた魔物がよみがえるように、抑え込まれていたナルシシズムが顕在化するようになりました。
その欲望を決定的にしたのがバブル経済であり、思想史的にはポストモダンというものです。
その意味でポストモダン思想とナルシシズムは密に結びついているのですが、戦後史を勉強していない千葉雅也というオタク学者は、僕がナルシシズムで何でも断罪しているなどと文句を言い、己の教養の程度をさらけ出していました。
戦後思想の理解がない人には、ポストモダン思想がナルシシズムとして断罪される必然性がわからないのです。
こういう無知蒙昧の輩がインテリ面をしていられるのは、ここに思想的「断絶」があるからです。
歴史性に欠けた知的「断絶」を平然と生きている人が、海外思想を教科書的に用いて「切断」などと騒いでいるところに、「現代思想」がいかに茶番であるかが窺えるわけです。



『俳句と川柳』(講談社学術文庫)復本 一郎 著

17音の2つの文芸

俳句も川柳もともに五七五の17音を定型とする文芸です。
俳句は世界で一番短い詩とも言われ、教科書にも有名な俳句が取り上げられ、世界的にもhaikuとして知られているわけですが、
川柳がどれほどの知名度を獲得しているのかは、世界どころか日本においてさえ怪しまれるところですし、教科書でお目にかかった記憶もありません。
このように俳句と川柳だけを比べると、川柳はまるで日陰の存在のようでもあるのですが、その両者の違いを説明するのはなかなか骨が折れるのではないでしょうか。


手近にネットを使ってウィキペディアで「川柳」を検索してみると、やはり冒頭から俳句との違いについての説明があります。
そこでは俳句のように季語や切れがなどの約束事がない自由な表現であるとされています。
また、英字版のWikipediaの説明では、その約束事よりも先に俳句の関心は自然を対象とする傾向があるが川柳は人間のひねった見方を対象とする傾向がある、という記述があるのですが、
定義としてはどれも心許ないものに思えます。



ポストモダンとは何だったのか──浅田彰『構造と力』を読み直す

ポストモダンのはじまり──思想のファッション化

のちに「ニューアカ」という呼び名とともに記憶される浅田彰の『構造と力』が出版されたのは1983年でした。
僕がまだ小学生の頃です。
『構造と力』は1981年から83年にかけて主に「現代思想」に掲載された文章によって構成されています。
僕が本書を知った時には「ニューアカ」を代表する浅田彰や中沢新一の評価はすでに固まっていました。
浅田は日本の現代思想を語る上で欠かせない人になっていたのです。


今でも彼の評価はそこそこ高いように思えますし、東浩紀や千葉雅也は彼の後継者(要するにエピゴーネン)として位置づけられ、「現代思想の終身雇用構造」(フランス現代思想系の若手研究者を未熟なうちからスター扱いしてチヤホヤする構造のこと)を形成してきました。
「ニューアカ」時代の浅田と中沢はまだ「助手」であったので、マスコミに代表される大衆の支持において権威のツリー構造を擾乱するポストモダン的な現象と言えましたし、
東浩紀もアカデミズムに安住せずにマスコミの世界へと転身したために、ポストモダンを生きていたと言えなくもないのですが、
國分功一郎や千葉雅也にいたっては、アカデミズムでの出世路線を確保つつマスコミ露出に励むことで、先輩たちのように社会との葛藤をしないで済ませる「権威に甘えたおぼっちゃん」の道を選んでいます。
こうした変化からもわかるように、日本のポストモダンは思想どころか「現象」としても完全にアクチュアリティを失いました。
今や「ツリー」的な終身雇用構造に依存した学者が「リゾーム」とかほざいているだけの詐欺行為が、〈俗流フランス現代思想〉として流通するだけになってしまいました。



『ハーバーマス』(ちくま学芸文庫)中岡 成文 著

対話を重視するドイツ戦後思想の旗手

ハーバーマス思想の概説書で手近に入手できるものは多くありません。
実践的な社会理論であり、政治的でもあるため、日本では非政治的で非主体的な〈フランス現代思想〉より圧倒的に人気がありません。
モラトリアム的な〈フランス現代思想〉が若者やサブカルと相性が良く、オタク相手に「商業的に」成功したのに対し、
ハーバーマスやフランクフルト学派などの社会関係性を重視する思想は、「岩波的」左派知識人のものとして敬遠されたのでしょう。
僕が以前に読んだハーバーマスの概説書は、講談社の「現代思想の冒険者たち」シリーズでした。
買うときに気づかなかったのですが、増補版ではあるものの実は本書はその本を文庫版にしたものでした。
やっちまった。



現実逃避に俳句を利用するペテンの危険性

岐路に立つ俳句商業誌

俳句人口のうちのどれほどがシニア層になるのかわかりませんが、
世代ごとに俳句人口比率をわざわざ出さなくても、40代が「若手」と呼ばれる世界が高齢層に支えられていることは明白です。
つまり俳句界で商売をするには高齢層への目配りが必要になるのは今さら言うまでもないことです。
もっとマクロ的な話をすれば、テレビ番組の構成を見るまでもなく、日本全体においてマーケティングの関心が主に購買力のある高齢層になっています。
加えて出版という旧メディアに親しんでいるのは高齢層です。
このような事実を考えれば、俳句で商売を考えた場合、どうしたって高齢者を相手にしなければならないことになります。
出版市場に存在する俳句商業誌のほとんどが高齢層の購買によって支えられているのは間違いのない事実でしょう。